大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2358号 判決 1952年6月24日

控訴人 被告 大松合資会社 外一名

被控訴人 原告 厚生省共済組合

訴訟代理人 稲田秀吉

主文

原判決を左の通り変更する。

東京地方裁判所昭和二十六年(ヨ)第一五七三号立入禁止処分申請事件について、同裁判所が昭和二十六年五月三十一日になした仮処分決定中、「債務者等(控訴人両名)は債権者(被控訴人)の別紙目録並に図面表示の物件に対する占有、使用を妨害してはならない。」との部分は、これを認可する。

右仮処分決定中「債権者(被控訴人)の委任する前橋地方裁判所執行吏は、右命令の趣旨を公示するため適当な方法をとらなければならない。」との部分は、これを取消す。

訴訟費用は第一、二審を通じて控訴人等の負担とする。

本判決は第二、第三項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人両名は、「原判決を取消す。東京地方裁判所昭和二十六年(ヨ)第一五七三号仮処分申請事件について、同裁判所が昭和二十六年五月三十一日になした仮処分決定を取消す。右仮処分の申立は却下する。訴訟費用は全部被控訴人の負担とす。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の陳述した主張の要旨は、左記の外、原判決事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

被控訴代理人は、控訴人松岡清次郎は、個人及び控訴会社の代表者として、被控訴人主張のような占有の侵奪をなそうとしたものであると、述べた。

当事者双方の提出した証拠と、それに対する認否は次の通りである。

被控訴代理人は、甲第一号証、第二号証の一、二、第三乃至第六号証、第七号証の一、二、第八乃至第十一号証を提出し原審においての証人佐藤力、織田年公の各証言を援用した。なお第六号証の成立は不知だが、その他の乙号各証については全部その成立を認めた。

控訴人両名は、乙第一号証乃至第六号証を提出し、原審においての証人松岡武次、渡辺栄次の各証言を援用した。なお、甲第一号証、第十及び第十一号証の成立は認める。第二号証の一、二、第七号証の一、第八及び第九号証の成立は不知なり。その余の甲号各証がそれぞれ本件現場の写真であることは認めるが、撮影の日時は不知であると述べた。

理由

成立に争のない甲第一号証、原審においての証人織田年公の証言により真正に成立したことを認めることのできる甲第二号証の一、二と原審においての証人織田年公、佐藤力の各証言を合せ考えれば、被控訴人主張のように、被控訴人は昭和二十六年四月十八日別紙目録記載の建物四棟を訴外日本医療団から賃借し(その効力の点は別)、同月十九日別紙目録記載の部分(当時訴外堀越きんが占有していた別紙図面(1) 乃至(5) の部分を除いた部分)の引渡を受け、従前から日本医療団のために右建物を管理していた訴外小林房吉と高井安次郎の両名を被控訴人の嘱託として、同月十九日以降被控訴人の代理人として右建物部分を占有していたことが、疏明される。控訴人両名の提出援用に係る全疏明によるも、右認定を動かすことができない。被控訴人は、昭和二十六年四月三十日控訴人両名が右建物部分の被控訴人の占有を奪わんとしたし、また今後も奪わんとするおそれがある旨主張し、控訴人両名はこれを否認しているから、次に判断する。いずれもが右建物の一部の写真であることに争なく、原審においての証人佐藤力の証言によつて各撮影日時がそれぞれ下記の通りであることを認めることのできる甲第四乃至第六号証(いずれも昭和二十六年五月三日撮影)、同第七号証の二(同年四月三十日撮影)と、原審においての証人佐藤力の証言によりその成立を認め得る甲第七号証の一と同第九号証並に成立に争のない乙第一号証及び原審においての証人渡辺栄次(後記の信用しない部分を除く)、佐藤力と織田年公の各証言を合せ考えれば、下記の事実が疏明される。すなわち、松岡清次郎(その資格の点は後に判断する)は昭和二十六年四月三十日右建物に来て、訴外渡辺栄次と共に、被控訴人がその占有を明らかにするために門に掲げておいた「厚生省共済組合伊香保保養所」と記載してある門標を外し、また玄関硝子戸に貼つてあつた「厚生省共済組合伊香保保養所」「管理者小林房吉」とそれぞれ表示した貼紙の上に、これを覆つて「松岡産業株式会社」「松岡合資会社社員寮」と墨書した紙を貼付け、更に右建物内の被控訴人の占有している部屋の入口に、いずれも松岡清次郎が代表取締役である「松栄紡織株式会社」「小松乳業株式会社」「松岡産業株式会社」と記載した巾五寸縦一尺三寸位の紙片を貼付けたが、その後右紙片は除去した。またいずれもその成立について争のない甲第十、第十一号証と乙第一、第二、第四、第五号証及び原審においての証人佐藤力の証言により真正に成立したことを推認のできる甲第八号証と原審においての証人渡辺栄次の証言並に弁論の全趣旨とを合せ考えれば、控訴人大松合資会社と日本医療団との間に右建物の所有権に付て深刻に争われ、控訴人松岡清次郎と同控訴人が代表取締役をしている上記認定の諸会社もその渦中に入り、仮処分、仮登記仮処分命令、仮処分の執行、執行の取消など数次に亙つて行われ、また控訴人松岡清次郎個人が右建物に不法に侵入したとして日本医療団より住居侵入の告訴を受けたことすらあつたことを認めることができる。原審においての証人渡辺栄次の証言中上記認定に反する部分は、上掲各証拠に照し合せて信用できないし、外の控訴人両名の提出援用に係る証拠によるも未だ右認定を動かすことができない。

松岡清次郎のなした上記認定の占有を侵奪せんとした行為は、右家屋の所有権を主張している控訴人大松合資会社の代表者としての行為のみであると認めるのが相当のようであるが、また上記認定のように松岡清次郎が代表取締役をしている数会社の名を用いているところから考えると、別段の主張立証のない本件では一応松岡清次郎個人としての資格においてもなしたと認めるのが相当である。このことに、上記認定の諸事実と、更に本件において控訴人両名が被控訴人の右家屋部分の占有が不法のもので法律上保護せらるべきものでないと主張していることを合せ考えれば、被控訴人は右家屋部分について控訴人両名に対し占有、使用の妨害の予防を求める仮処分を求める利益を有すると解すべきである。もつとも控訴人両名は被控訴人の右家屋部分の占有は不法の占有で何等の権原のないものであるから、被控訴人は仮処分を求める利益がないと争つている。しかし占有権が本権と分れて保護されていることはもちろんであるから、被控訴人の右家屋部分の占有が、かりに控訴人両名主張の如く不法のものであり、控訴人大松合資会社が右建物の所有者なりとするも、同控訴人が家屋明渡の債務名義に基いて、適法に明渡の強制執行をなすなれば格別、控訴人の両名は実力を以て被控訴人の右家屋部分の占有を奪うことは絶対に許すことができないから、この点に関する控訴人両名の主張は理由がない。

従つて、東京地方裁判所が被控訴人の占有保全請求権保全のため被控訴人に金三十万円の担保を供せしめた上、昭和二十六年五月三十一日控訴人両名に対し、「右家屋部分に対する被控訴人の占有、使用を妨害してはならない」との仮処分決定をなしたのは相当であるから、これは認可すべきである。しかしながら、占有者が占有物の占有を保全せんとするときに、占有を侵害せんとするものに対し、占有を妨害してはならないとの右認定の仮処分決定を得、右決定が債務者に送達せられたときは、それによつて直ちにその効力が生じてその目的を十分に達しているものであり、執行吏に債務者の占有せるものの占有を移した場合のように、第三者に公示する必要のため、その旨を公示するようなことは無意味であるしまたその必要もみないのである。そうであるから、東京地方裁判所が昭和二十六年五月三十一日になした上記の仮処分決定において、「債権者(被控訴人)の委任する前橋地方裁判所執行吏は、右命令の趣旨(占有、使用を妨害してはならないとの趣旨)を公示するため適当な方法をとらなければならない」と命じたのは、法律上全く無意味なのみならず、仮処分の必要な範囲を超えたものと認めざるを得ない。故に右仮処分決定の中、この部分は失当であるから、取消すべきである。

上記仮処分決定を全部認可した原判決は、上記説明の如くなるを以て、その一部は相当であるから、本件控訴は棄却すべきも、その一部は不当であるから、その部分を取消すべきであるから、原判決をその趣旨で変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十六条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項により主文の如く判決する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)

別紙目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例